イタリアの国民年金制度


 
イタリアの年金制度概略

イタリアの公的年金の端緒として挙げられるのは,肉体労働従事者に対して老齢給付を保障した1898年の全国保障金庫の創設である。もっとも,この全国保障金庫への加入は任意であった。強制保険への転換は1919年であり,このときに全国保障金庫は全国社会保険金庫と名称変更された。この全国社会保険金庫は,月収350リラ以下の労働者(一部自営業者も含む)に対して,老齢年金,障害年金および遺族年金を支給するものであった。1919年に確立した同システムは,ファシスト政権下の諸法律によって補完され,その後の制度の基礎となっている。

大戦後の公的年金制度の発展としては,まず被保険者の範囲の拡大が挙げられる。1950年に所得の上限が撤廃され,基本的に被用者はすべて公的年金制度の対象となった。また,1950年代から1960年代にかけては,自営農・小作農・折半小作農(1957年),職人(1959年)および商人(1966年)にも公的年金制度への加入が義務付けられた。この時期には,低額の年金を一定額まで増額し補完する最低手当の措置も導入されている(1952年)。
1960年代から1970年代には,普遍主義の傾向が強まった。こうした傾向を表すものとして典型的なのは,1965年の社会基金の創設である。社会基金は,1969年導入の社会年金(65歳以上の低所得者に対する給付)の支給など,租税を投入して運営されるものであった。同基金は1989年に廃止されたが,その役割は後述のINPS(全国社会保障機関)のもとに設置された,GIAS(扶助措置・保障事業支援事業)に引き継がれている。
財政のバランスを欠く給付が支給されるようになったのもこの時期である。たとえば,退職直前の5年間の平均報酬に基づいて年金額を算定する報酬方式の導入(1968年)や年齢ではなく退職の事実と就労期間(15年から35年)を要件とする年功年金の導入(1969年)などである。

しかし,こうした措置は,とりわけ少子高齢化の問題が深刻になるにつれ,イタリアの公的年金制度の財政にとって大きな負担になった。1990年代以降の諸改革は,従来の不合理なシステムを修正し,過度の支出を抑える措置を実施している。このような修正としては,受給年齢の引上げ(男性65歳,女性60歳へ)や保険加入期間・保険料納付期間の拡張(20年へ)といった老齢年金受給要件の見直し(1992年),1996年1月1日以降の新規採用者に対する拠出方式(納付した保険料に基づいて給付額を算定)・新老齢年金の導入および年功年金・最低手当の廃止,ならびに,1995年12月31日までの既就労者に対する年功年金の要件の見直し(年齢要件の導入等)および報酬方式の修正(算定の基礎となる参照報酬を全就労期間の報酬に拡大。以上,1995年)などがある。
また,労働形態を偽って保険料負担を不当に逃れる者が増加したため,いわゆる準従属労働者(法的には自営業者であるが,経済的従属性に鑑みてこのように呼ばれる)に対して強制保険制度が拡張された(1993年)。他方で,公的年金制度を補完するものとして,補足的保障制度も創設された(1992年)。補足的保障制度は加入者が伸び悩んできたが,2004年の改革によっても,今のところ期待されたほどの効果は上がっていないようである(2005年の加入者は,制度の潜在的対象者のうち12.3%にとどまっている)。

 

 

年金制度の特徴

賦課方式で運営される強制加入の公的年金制度を1階部分として,積立方式で任意加入の民間年金制度(補足的保障制度previdenza complementareと呼ばれる)を2階部分となっている。

 

 

制度体系の概要

イタリアの公的年金制度は,被用者および自営業者の大部分を対象とする所得比例年金である。従来の公的年金制度は,職業ごとに年金事業や年金基金・金庫が乱立してきたが,近年の諸改革により,これを統一し,制度を合理化することが目指されている。無償で家政活動を行う65歳以下の男女(いわゆる主夫・主婦)には,特別基金(主婦保障基金)が用意され,任意加入の途が開かれている。なお,2004年12月31日時点における公的年金制度の被保険者数は約2450万人強。
一方,2階部分である補足的保障制度は,被用者および自営業者,自由専門職を対象とする任意加入の制度である。制度の運営主体である年金基金には,
@労働協約や就業規則によって企業単位または職種・職業単位で設立される「閉鎖型基金」と,
A銀行や保険会社などによって設立される「開放型基金」がある。
@の年金基金の特徴に鑑みれば,補足的保障制度は,企業年金としての性格を含むものといえよう。

                        出典 イタリアの年金制度 中益陽子(都留文科大学文学部講師)

 

西ドイツ,フランス,イタリアなど大陸諸国の年金制度は,被用者年金が普及拡大して現在に至った歴史的沿革もあって,年金は勤労時代の延長という考え方に徹しており,年金額は各人の過去の報酬や加入期間に比例して算出される。しかし,このように年金額が勤労時代の賃金の多寡や動労期間によって直接左右される制度のもとでは,失業や廃疾のため受給資格期間が満たせなかったり,低賃金であったため十分な年金が受けられないケースがでてくるし,逆に必要以上に高額な年金がでてくる可能性もある。このため報酬比例をとっているこれらの国々においては,年金額の底上げや頭打ちの制度が工夫されている。
フランスにおける老齢被用者手当金および追加手当金,イタリアの社会年金などはいずれも公的年金制度を通ずる最低保障額を確保するための制度であり,西ドイツにおいても長期間労働したにもかかわらず不利な労働条件であったため低額の年金で甘んじている年金生活者を救済する趣旨から低額年金の底上げを行なうための最低年金制度が1972年に実現した。
年金額の頭打ちについては,一般に年金額の算定基礎となる報酬に上限を設けるほか,年金額自体についても限度額が定められている。西ドイツでは年金額算定の基礎となる報酬は全被保険者の平均賃金の2倍が上限とされており,フランスでは保険料拠出の基礎となる報酬の上限の40%,イタリアでは各人の平均賃金の74%(1976年以後80%)が年金額の上限とされている。
報酬比例方式をとっている国々のこのような動向は,いずれも動労時代の所得格差をそのまま老後の所得保障に持ち込むことからでてくる弊害を除去するための工夫であり,ある意味では定額方式への一部接近といってもよいだろう。

                        出典 厚生白書 (昭和47年度版)

 

 イタリアが世界でも有数の「年金生活者天国」であったことは、知る人ぞ知る事実である。それは「ベビー年金生活者」という言葉があることからも知られるとおり、ときには30代から年金を受給できるという信じがたい例が珍しくない。例えば、女性公務員の年金はきわめて優遇されており、一時期、40才前から受給者が続出した。男性でも50代ともなれば現役組は半減し、約50%は年金生活者である。  しかも、最終給与の80%が保証されていたのだから、イタリア人サラリーマンの共通の願いが、自分の給与水準の一番高い時をねらって早々に退職し、この年金の恩典にあずかって、のんびり余生を楽しむことにあったのも、その国民性からしてうなずける。 イタリアの年金財政は90年代にはいると、収支の困難性が厳しく問われるようになり、INPS(Istituto Nazionale della Previdenza Sociale, イタリア社会保障保険公社)の所管する年金基金の危機が声高に論議されるようになった。そこで1992年頃から小改正がスタートするが、抜本改革には至らず、将来を見据えた初めてのイタリア年金制度の方向性が打ち出されたのは、1995年のことである。


1995年の年金改革パッケージの骨子
年金支給はこれまでの所得基準型から分担金重視型へと漸進的に移行する。
年金受給資格は男子65歳、女子60歳以降で、かつ年金保険料支払期間は35年以上とする。ただし、1996年までに18年
以上年金を掛けたものは、以前のシステムを享受できる。
被雇用者と雇用主がともにグロス給与の2%ずつを拠出して、自発的に個人年金システムへ加入する場合は、税制上優遇される。
さらに、退職金積み立てに対しても、2001年からタックス・インセンティブを導入する。
以上から、国は将来的に「ベビー年金生活者」すなわち、早期退職者を排除し、支給年金額の算定基準も、あくまで本人の支払い済み年金保険料額に基づいて算出する方向を打ち出した。また、将来の生活設計を単に国の社会保障制度に依存するのではなく、個人の自主的な保険加入で補完するよう勧めている。? しかし、この年金改革に対して、とくに退職年齢の引き上げに不満が集中したため、1997年の改正で年金受給資格年齢を2004年までは57歳に引き下げるなどの手直しを行った。さらに、下記のような小改正案も2001年12月に議会に上程されたが、現在に至るまで可決されていない。


最低定年年齢を超えて働く者へのインセンティブ給与
個人年金を支援するための、国の社会保障費からのバックアップ
新規雇用者に対する国庫助成の減額

一方、イタリア政府は2003年10月、対EU向けのコミットメントを果たすため、平均退職年齢を引き上げることにより、早期退職をさらに削減する政労合意を取り付けることができた。これには2000年代に入っても、相変わらず年金財政の赤字が続いて危機的な背景がある。最近の予測によれば、年金への公的支出は2000年の対GDP比13.8%(EU平均は10.4%)から2030年には15.7%に上昇すると見積もられ、さらなる対策は焦眉の急となっている。

 
                         出典 財)国際貿易投資研究所 欧州研究会委員  長手 喜典

 

 

イタリア社会の変化と改革の必要性


人口構成の変化を端的に表す目やすとして、65才以上の人口をみると、1961年には全人口の9%であったのが、71年には13.1%を超え、現在では18%に達している。すなわち、現在の年金受給者数は1,640万人で、労働者総数の2,200万人と対比すれば、その大きさが知れよう。しかも、これら受給者に対し、年平均で約11,000ユーロの年金が支給されているので、支払年金総額は1,820億ユーロに達する。この数字は国内総生産の14〜15%に相当する。なお、受給者の3分の1弱の520万人は、受給年額6,000ユーロ以下の水準である。
10年前は3人の労働者で1人の年金生活者を支えていたが、現在では1.34人で1人と、現役世代にかかる負担は重くなるばかりである。換言すれば、100人の労働者に対して73人の年金生活者がおり、3人で2人を支えなければならないのだ。
イタリアのサラリーマンが月々控除される社会保険料は、給与の32.7%である。ただし、本人負担8.89%、会社負担23.81%で、雇用者側の分担はずしりと重い。この高率のパーセントでも、かねてよりINPS(イタリア社会保障保険公社)の赤字は増大するばかりで、年金が公共財政に依存する図式が続いてきた。
現在、イタリア人が年金生活に入る平均年齢は、60才前後と言われているので、平均寿命と対比すれば、男子で16〜17年、女子で22〜23年間は年金を受給することになり、少子化の現状を考えれば、最早、若者が老人を支える従来型の年金システムは立ち行かず、イタリアの場合も、これが年金改革不可欠の理由である。
改革の方向
かって、イタリアの貧困は総人口を構成する各年齢層に広がっていたが、経済発展と安全性の向上で、貧困は社会層の一部にとどまるようになった。ISTAT(イタリア中央統計局)の最近の調査によれば、夫婦で月8,000ユーロ以下の貧困状態にある人は人口の12%程度となっている。
このような経済環境の中で、退職前5〜10年の平均給与の80%を保証する従来型の年金システムは維持できなくなり、あくまで本人の掛けた保険料を基礎にして、年金額を算出するやり方が打ち出されたのである。ただし、一方で社会的弱者に対する福祉的年金は存続させるなど、社会的公正にも十分配慮した形が求められた。さらに、年金生活者総数を削減するため、退職せずに働く老齢者には実質給与のアップと減税などで優遇しようとしている。
しかし、INPSの収入増をはかるための雇用者・被雇用者に対する保険料率の引き上げなどは限界と見ているらしく、既に高水準にある公的機関への支出を増やすよりも、むしろ、民間の保険会社の利用を含む、自己責任型の年金保険の方向が、ますます強まってくると考えられる。

 

<新年金改正案の骨子>


勤続年金の受給資格は、40年間の保険料支払いが条件である。
老齢年金の受給資格はサラリーマン男子は60才(自営業者は61才)かつ35年の保険料支払(女子は57才かつ35年の保険料支払い)が条件であるが、この条件は2008年から適用する。
上記年金受給開始年齢は、2010からそれぞれ61才(62才)、2013年からは62才(63才)とする。
2008年以降の年金計算は、納付済保険料額を基礎にして行う。ただし、1996年以降の就業者は、すべて保険料額が基準である。
男子65才に達すると、老齢年金の受給資格が発生するが、少なくとも20年間の保険料支払いが条件となる。
2007年12月31日まで、民間部門の労働者(公共部門は政労合意を待って)に対し、年金受給資格を超えて就業
を続ける場合、次のインセンティブが与えられる。すなわち、給与の32.7%に当たるINPSへ納付されるべき保険料を免除し、これを当該労働者に支給する。また、この部分には課税しない。
労使間の合意があれば、年金受給年齢を自由化して、定年後も就労を続けられる。ただし、その間、年金は受給できない。
公務員、農民など各種年金は、それぞれ少なくとも5年間の保険料払い込みがあれば合算できる。
月額12,500ユーロを超える年金については、2007年から2015年の間、4%の課税を行う。
従来、年金支給開始月は、1、4、7、10月の年4回であったが、このうち2回を取り止め、年2回とする。

 

 

今後の見通し


70年代初めから現在に至る40年間、イタリアの公共財政累積赤字は、遂に国内総生産の105%を超えるようになった。つまり、5,700万の人口で1兆3,800億ユーロの赤字を抱えているので、国民一人当たり2万4,000ユーロの借金を負っている。したがって、国民の支払う税金は、国債の利子支払いに追われ、また、国家財政の赤字の主因の一つ、社会保険料の収入が増えなければ、INPS財源の枯渇は待ったなしのところに来ており、「出るを」制しても、「入るを」なおざりにしては、改革の実を上げることはできない。
一方、改革をめぐる世論は、経済生活上あるいは政治的立場から、意見の相違が目立ち、個々の様々な利害得失もからんで千差万別である。労組の一部は「年金改革を急ぐ必要はなく、95年のディーニ改革の成果を少なくとも10年は待つべし」と主張している。また、年金受給年齢の引き上げは、体力や頭脳を消耗する職業に過酷な条件を押しつけるものと、社会政策上問題視している。
さらに、各国の公共財政の健全化に重大な関心を持つEUは、年金が財政に与えるインパクトを重視している。とくに、60年代のベビー・ブーム期に生まれた年齢層が、定年を迎える時期までに財政を立て直すことは、各国必須の課題である。
したがって、イタリアとしては、年金の中長期的展望を自己責任型の制度への転換においているようだ。そのとっかかりが支払い済み保険料基準の年金支払額の決定である。また、受給年齢の引き上げはもとよりだが、さらに、早く年金を貰い始めれば、支給額は逓減し、遅く貰い始めれば、逓増する仕組みも検討課題である。このようにすべてを自己リスクに帰せしめるのが、将来方向と思われる。
いずれにせよ、どのような決定をしても、必ず年齢層による利害得失が生じるので、真に年金支出の削減効果を期待できるのは、現在の年金受給者が一巡してからとの悲観的な見方も生まれてくる。今回の改正もまた抜本改革からはほど遠い。結局のところ、さらなる増税と社会保険料の引き上げにしか活路をみいだせないのではないかとの思いを筆者は禁じ得ないのである。


                        2004年7月13日   出典 財)国際貿易投資研究所 欧州研究会委員  長手 喜典

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